クジラから学ぶ地域の歴史と食(2の2)*釧路市立鳥取小*「反捕鯨」の背景 出前講座で

掲載日:2006/04/24

つなぎ合わせた新聞紙を伸ばし、ミンククジラの大きさを実感する児童たち
つなぎ合わせた新聞紙を伸ばし、ミンククジラの大きさを実感する児童たち

 筒状に丸められた紙の包装紙をはがすと、つなぎ合わせた新聞紙が出てきた。子供たちに手伝ってもらって横に伸ばす。新聞紙は教室のはじまで届いてまだ余った。

 「ミンククジラの体長と同じ八メートルあります。もっと大きいシロナガスクジラはこの四倍です」

 講師の北海道新聞釧路支社報道部編集委員、久田徳二記者(48)の説明に「めっちゃ、でかいんだ」と、どよめきの声があがった。

 四月中旬、釧路市立鳥取小六年一、二組の六十二人を対象にした出前講座。長く捕鯨基地として栄えた釧路の歴史とクジラとのかかわりを学んでもらうための授業だ。

 久田記者は、昨年九月から十二月まで、釧路・根室版に「フンペの足跡−道東沖のクジラ」と題した十六回の大型連載記事を執筆。大図解「北海道とクジラ」も担当した。

 授業では、釧路の五キロ沖で撮影したクジラの一種、カマイルカの群れのビデオを上映した。

 「釧路沖にはどうしてこんなにたくさんクジラがイルカ?」

 駄じゃれを交えて質問を投げかけると、「プランクトンが多いから」「クジラが食べる魚の種類が豊富だから」などという答えが返ってきた。

 親潮と黒潮が混じる北西太平洋は世界の三大漁場の一つで、この漁場がクジラにとって「大食堂」になっていると説明したうえで、釧路市内の縄文前期の東釧路貝塚にネズミイルカの骨が見つかったことを紹介した。

 「クジラが誤って座礁する。そのクジラを皆で分け合って食べていた証しです。昔からクジラ肉は貴重な食糧でした」と話すと、縄文時代のことを勉強したばかりの児童たちは、合点したようにうなずいた。

 授業は、児童に配られた「フンペの足跡」のコピーを参照しながら、本論といえる釧路の捕鯨の歴史に入った。

 戦後、釧路が捕鯨基地となり、厚岸、霧多布と合わせると捕獲頭数が全国の過半数を占めたこと、ところが欧米諸国で起きた反捕鯨運動の結果、一九八二年に大型十三種類の商業捕鯨の一時停止が決定され、下火になったこと、反捕鯨グループの中心が牛肉輸出国で、環境保護よりも牛肉の輸出量を増やしたい思惑が働いている経緯を説明した。

 さらに、クジラの祖先が陸に住んでいた四本足の原鯨(げんけい)類という動物で、海に入って体が流線形になったことや、日本の近代史を鎖国から開国に方向転換させた黒船来航も、捕鯨にかかわる事情がきっかけだったことを紹介した。

 授業の後で、児童たちは感想文を書いた。山口萌子さんは「釧路にクジラがいっぱいいることにびっくりした。昔のクジラには足が四本あって、魚をとるために体が変わったというのでびっくりした。今日の授業はびっくりだらけだった」と記した。


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